東海地区大学図書館協議会研修会(平成10年度第1回)講演レジュメ

デジタルメディアの現状と今後

愛知淑徳大学図書館情報学科
助教授  逸村 裕


Ⅰ.デジタルメディア

 技術の発展は19世紀以来、社会に大きな影響を及ぼして来たが、正しいものが普及するとは限らない。その裏面には必ずノイズ(好ましくない副産物)が存在し、また予想を超えたところでの普及もあった。
 技術の普及を考えるとき、正しいもの・技術的に正当なものが普及したのでなく、普及したものが結果的に正しいものだったと言うことができよう。デジタルメディアには、ネットワーク系のもの、CD-ROMのようなパッケージもの、イントラネット用のものなど多様なものがあるが、こうしたことを念頭において、学術資料を取り上げてみたい。

Ⅱ.学術資料

 学術資料は、資料の内容、利用的区分からすれば、一次資料と二次資料がある。この形態は、1830年におけるドイツ薬学関係での二次資料刊行から始まり、19世紀後半には、ヨーロッパ主要国のみならず、アメリカにまで普及し、アメリカを頂点とした学術情報体制が構築された。
 二次情報は、全ての学術資料に目を通すためのものであり、第三者による情報コントロールといった観点の導入と言える。
 情報において、"Publish or perish" ということが言われる。これは情報を発信するものが生き残るということである。このことは、学術情報おいて明瞭である。
 学術情報の生産から利用に至るサイクルは、100年の歴史をもつ安定的なものであり、他のメディアと異なる点は、研究者が情報の生産者であり、かつ利用者であるところにあり、従ってそのサイクルは一方的、単線的でなく円環的であるという極めて特徴的なものである。
 図書館は、このサイクルで流通から利用の手前までを担っているが、電子図書館の時代を迎えて、このサイクルがどうなっていくかは興味のあることである。
 ところで、一次、二次資料体制の最も重要な局面の一つに査読(レフェリー、ピアレビュー)制度があり、これと学術雑誌の関わりを見ていく。査読制度の基本的な流れは、以下のとおりである。

 1.論文完成 → 2.学術雑誌編集部に投稿 → 3.査読者に閲読依頼 → 4.査読の評価 ---
 ├→ 5.掲載(評価のよかったもの)
 ├→ 5.掲載却下 → 6.リターンマッチ

 学術雑誌は、情報の迅速な発表を目的としているが、これはプライオリティーの学術雑誌による承認である。査読者は、それとともに質の保証もその役割とするが、査読者の役割のなかで、今回の視点から大きなポイントとなるのは、著者が以前の研究を公平に扱っているか、つまり引用という制度である。
 学術情報の流通点では、言語、ノイズ、過剰生産などの障害も情報量の指数曲線的な増大に伴って顕在化した問題であることにも目にとめておきたい。

Ⅲ.フォーマルコミニュケーションとインフォーマルコミュニケーション

 これまでの学術情報は、いわばフォーマルなコミュニケーションであったが、これに対し、invisible college、私信、プレプリント、電子メール、メーリングリストなどによるインフォーマルなコミュニケーションが存在し、この機能が現在どうなっているかが問題であろう。

Ⅳ.学術情報のデジタル化による変貌

 雑誌の価格高騰とあいまって、学術情報の拡散が顕著となっている。それは例えばホームページという形態で現象している。Kayのホームページ(http://www.scils.rutgers.edu/special/kay/kayhp2.html)のように、それまでの流通と異なる価値観を見つける人たちもいるが、これは可能性を示した一つのモデルと言えよう。
 今日の学術情報の中でデジタルメディアがどのように扱われているのか、引用という視点からみると、依然として端緒的な段階である。レフェーリのある雑誌で、デジタルメディアが引用でどのくらいあるか代表的雑誌をスキャンして調べたところ、2~6%で、それとて重要な部分ではなかった。New England Journal of Medicineにおいては、1%であった。唯一物理系のみがデジタルメディアを高い率で引用している。特にヨーロッパでは高い。ただ、それとても全体では10%強の割合に過ぎない。

Ⅴ.デジタルメディアの今後 ― 図書館情報サービスの観点から

 図書館の情報サービスにおけるデジタルメディアの視点からは、特にアメリカにおいては、ALA、ARLなどのように、幅広い活動のなかで、図書館から誰でもがデジタルメディアを使えることとして、利用を明確化した方向を打ち出しているし、また、DOI: Digital Object Identifierの試み(http://www.doi.org)は、デジタルメディアゆえに、出版社がなくなったりして情報が突然消えることを防ぐため、それぞれの論文の1単位、図表や章ごとにもIDをふるなど、弱点をカバーするとともに、論文が雑誌という媒体にのっている必然性があるのか、という情報の流通・伝達手段の問題をも提起している。状況的な問題提起ではあるが、未だ確定的な方向とは言えない。
 このような団体や機関の動きに対して、Academic Libraryの方の対応はどうであるかをみると、ピッツバーグ大学図書館の事例で、戦略計画運営委員会(Strategic Planning Steering Committe)の活動(http://www.library.pitt.edu/)が目をひく。これは、2001年にユーザーはどうなるかの姿を描きながら、一つの端末で全てが行えるように、明確な活動を開始している。

 デジタルメディア普及の一方で、特に人・社系の古い情報は、デジタル化されたメディアの蓄積と保存が重要であろうし、利用体制の点からは、コンソーシアムが必須の要件となるかもしれない。ただ、デジタルメディアが普及していくなかで重要なことは、正しい情報を提供することを建前とする図書館にとって、情報(誤報)の書き直しの問題をどのように考えたらよいかである。
 学術情報は、レフェリーというフィルターを通ることによって、正しい情報として普及した。図書館は、デジタル情報源を維持するため、どのようなフィルタリング(Filtering)が可能なのだろうか。デジタルメディアが図書館を経由して普及するとすれば、フィルタリングは重要な要件となるのではないだろうか。