ラーニングコモンズやメイカースペースなど変わりつつある附属図書館の現在の姿を映像等で紹介するとともに、
名古屋医科大学時代から古川図書館時代を経て現在までの変遷を振り返ります。
名古屋大学の前身である愛知医科大学(現在の鶴舞町に設置)において、 昭和5年度(1930)末、官立移管への備えの一環として新図書館の建物が完成しました。 後藤新平の「典籍縦覧所」構想から半世紀を経て、大学の基本施設として独立した図書館が必要性が高まる中で、 本学がようやく持つことのできた正規の図書館です。
公私一体となっての熱烈な移管運動の結果、 「十年間は収入支弁に関して政府を煩わさず」の条件付で、辛うじて官立移管が成立しました。
官制上、附属図書館の設置が必須となりました。 諸々の準備の末、昭和7年(1932)3月1日に名古屋医科大学附属図書館が開館しました。 建物は鉄筋コンクリート3階建1,355㎡、 黄土色タイルで装われた趣向は昭和初期の名古屋市内の公共建築物に多く見られた様式です。
昭和14年(1939)4月1日、厳しい条件が課せられましたが、 帝国大学への昇格が認められました。 医学部と理工学部のみの出発で、内地で7番目(最後)の帝国大学となりました。 附属図書館も総合大学の附属図書館として改編を余儀なくされ、 昭和17年(1942)4月には本館と医・理・工学部の三分室制となりました。
昭和20年(1945)3月、名古屋市の集中爆撃により、 附属図書館本館(当時は医学部事務棟二階)は灰塵に帰しました。 医学部分室は耐火建築であったため、火災で辞書類と若干の雑誌を焼失するにとどまりました。 写真は空襲により被災した図書と、 空襲で灰塵に帰した鶴舞キャンパスの中で焼け残った図書館(医学部分室)の建物です。
昭和22年(1947)3月「教育基本法」及び「学校教育法」が公布され、 10月に「名古屋大学」と改称されたことに伴い、附属図書館も「名古屋大学附属図書館」に改称されました。
戦後、附属図書館は焼け残った図書館で業務を再開していましたが、 大学本部が名城二の丸の旧兵舎に移動したのに伴い、附属図書館も名城地区へ移転しました。 図書館用に改装された建物4棟が割り当てられましたが、あくまでも仮住まいであり、新図書館建設が待たれました。
日本ヘラルド映画株式会社会長 古川為三郎・志ま夫妻の篤志により 二億円(当時)の図書館が現物で寄贈されました。 昭和38年(1963)12月豊田講堂前庭西南の敷地に着工し、昭和39年(1964)11月に竣工し、同年12月に開館しました。 寄付者にちなみ「古川図書館」と命名されました。総面積4,033㎡の3階建てでした。開館時間は平日9-17時、土曜9-12時でした。
現在は名古屋大学博物館として利用されています。
古川図書館内部の様子です。
附属図書館の広報誌である「館燈」が創刊されました。 平成24年(2012)に形式を変えて 「KANTO News Letter」となりました。
昭和56年(1981)6月、予定より3ヶ月遅れで新中央図書館が竣工しました。 古川図書館や部局から図書・雑誌を移管し、2ヶ月あまりの休館を経て、9月に開館しました。 工事費は約16億円、総面積10,429㎡、地下1階・地上5階建ての建物です。
新しい中央図書館の内部の様子です。
写真は、西側に増築される前の状態です。 早い機会の増築を想定し、図書館西側の壁面をコンクリートのまま残し、未完の建物としていました。
平成6年(1994)10月、中央図書館の西側が増築されました。 3階にあった相互協力カウンターが2階に移転し、4階西側に研究個室・共同研究室が増設されました。
平成12年(2000)12月、中央図書館4階に展示室が開設され、様々なイベントが開催されました。
研究開発室では、全学における教育研究の支援機能の高度化を図るため、 電子情報源資源と伝統的紙媒体資料を統合したハイブリッド・ライブラリーの実現に向けた研究開発を行っています。
中央図書館の3階に海外衛星放送室「世界の窓」が設置されました。 平成21(2009)年12月、ラーニングコモンズの設置にあわせて、2階に移転されました。
名古屋栄ライオンズクラブから、 名古屋大学に在籍する留学生のために図書、ビデオテープなどが寄贈され、 3階ホールに留学生コーナーが設置されました。
中央図書館の2階北側に「PC利用コーナー」が設置されました。 現在も館内各所に「情報メディア教育システム」の端末が設置され、学生に活発に利用されています。
中央図書館に自動貸出機が3台設置されました。 2階貸出カウンター前に2台、3階OPACコーナー横に1台です。
中央図書館で照明改良工事が行われました。 1階と4階に人感センサーが取り付けられ、 2階ホールのタイルカーペットの交換や、東階段の壁紙交換が実施されました。
NAGOYA Repositoryは、 本学等で生産された電子的な研究成果を、 名古屋大学として責任を持って収集、蓄積、永続的に保存し、学外に向けて無料で公開するものです。 令和3年(2021)9月現在の登録件数は3万1千件を超え、情報発信のみならず、本学の研究や学習・教育活動を支えています。
ラーニング・コモンズは、 会話のできる学習環境、PCを使った情報収集、学習が行えるIT利用環境、サポートスタッフによる学習支援、 留学生向け各種情報提供等のサービスが受けられる図書館の新しい学習空間です。
入館ゲートが新しくなり、ICチップでも入館できるようになりました。 ICチップのついた学生証・職員証をゲートの該当箇所にかざすと、入館できます。 磁気ストライプも以前と同じように使えます。退館ゲートは人が近付くとゲートが自動で開くようになりました。
中央図書館3階東側のブラウジングコーナーが改装されました。 部屋の仕切りを取り払い、留学生向け英語基本図書を配置し、雑誌書架のレイアウトを変更しました。 留学生コーナーのほか、旅行ガイドや就職関係の図書が置かれました。
中央図書館3階グループ学習室を改装して、 名大にゆかりがある方の著作を集めた「名大ゆかりコレクション」を設置しました。
壁面がレンガ調から白に塗り替えられ、イメージが一新しました。 曲面扉の入口・出口2ヶ所が、平面な扉の出入口1ヶ所に変更されました。 4階にあった展示室が2階に移転し、ビブリオサロンと改称しました。 貴重書室は1階から4階に移転し、より充実した設備が整いました。 2階・3階の窓際閲覧席、2階のラーニングコモンズなども改装されました。
図書館運営に必要な予算が減少している中、 教育に必要な資料の整備、図書館設備の充実、貴重資料の整理・保存・研究の推進を目的として、 一般から広く寄附を募るため特定基金を設置しました。
株式会社大垣共立銀行からの10年にわたる多額の支援に対する謝意を込め、 2階の展示室「ビブリオサロン」の名称を「OKB大垣共立銀行高木家文書資料館」と改めました。 「高木家文書」を世に広める発信拠点となっています。
国立大学法人岐阜大学と国立大学法人名古屋大学を統合、
「国立大学法人東海国立大学機構」が設立されました。
これに伴い、岐阜大学と名古屋大学の学生・教職員は各大学の図書館を同じ条件で相互に利用できるようになりました。
※一部のサービスを除きます。
※相互の図書館利用は、名古屋大学附属図書館は中央図書館および医学部分館(保健学図書室を除く)、
岐阜大学図書館は本館・医学図書館が対象となります。
令和3(2021)年3月、中央図書館にセキュリティ性能を備えた最新の入退館ゲートが導入されました。 入館時だけでなく、退館時も学生証・職員証をかざすことが必要となり、滞在者数を把握できるようになりました。 青白い光を発し、近未来的な動作音がします。
新型コロナウイルス感染症対策として、 遠隔授業やオンラインミーティング等、ICTを使った遠隔教育・研究活動の機会が増大しています。 このような発話を伴う教育・研究活動に対応するため、 防音・換気機能を備えた個室(ワークポッド)が中央図書館2階南西に設置されました。
様々なICT機器(3Dプリンタ、レーザー加工機等)を活用して、もの作りができるスペースです。 教育・研究・課外活動における様々な創作活動が行われています。
新型コロナウイルス感染症拡大防止対策のため、 閲覧席の半数は利用できません。 入口にサーモセンサーを設置し、入館者の体温を計測しています。 要所で消毒液、OAクリーナーを提供しています。 カウンターはビニールシートで覆われています。 グループ学習できる場所は閉鎖されています。
今秋、中央図書館2階に、N次教材創作・配信システムの収録スタジオが設置されます。 令和3年(2021)11月頃から試験運用を予定しています。 大画面(65インチ)とタッチ操作によるN次教材創作共同編集システムが利用でき、 クロマキーバック等を利用した4Kおよび2K動画撮影が行えます。
附属図書館の昔と今、お楽しみいただけましたか。振り返ってみると、図書館も時の流れとともに大きく変遷を遂げてきたことが分かります。
附属図書館の歴史を未来へつないでいくために、特定基金「名古屋大学附属図書館支援事業」へのご寄附をお願いします。